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浮いている人の足を引っ張っても自分は浮き上がれない [日誌]

6月19日(金) 一週間で一番心安らかな日だ。案件リストもやったし、礼状もできた。福岡からの連絡も来た(これは面白くなりそうは話だ)。夕方は、あるプロジェクトの会合に出た。途中から入っているのでよくわかっていないのだが、まあいいだろう。金曜日はこんな感じで羽を伸ばせたらいい。夕食は、近くに新しくできたJapanese Restaurantに行く。どうやら日本人のシェフはいないらしく、すし飯がすし飯になっていないところはご愛嬌だが、安かったし、材料の鮮度は良さそうだった。いろいろしゃべりたおして10時ごろ帰宅。それでもまだ薄明るい。

かんパチ KANPACHI
457 W Broadway
604-879-8228
日・祝日休

どこでみたか忘れてしまったが、サッチャー回顧録に、浮いている人の足を引っ張っても自分は浮き上がれない、という趣旨のことが書いてあったと思う。ウィキペディアには「お金持ちを貧乏にしても、貧乏な人はお金持ちになりません。」というのがあったので、これかもしれない。要するに、自分が浮上するためには自助努力が必要なのであって、他人を引きずりおろしてもダメだということだ。

他方、隣人効果(豊かさというのは他者との比較の上で実感されるものであるということ)を前提に、金持ちこそが私たちの不幸の源泉であるとする考え方もある。これは、ウィリアム・バーンスタインの「豊かさの誕生」という本に書いてあった(注)。たしかにそうかもしれないが、だからといって、自分の幸福のために金持ちを引きずりおろすということは意味があることだろうか。そんなことに労力を費やすことは精神衛生上楽しくないし、金持ちが貧乏になったからといって、貧乏な人に金がまわるわけではなく、平等感は増すかもしれないが、国民所得全体を見れば減少するだろう。いわばじり貧の中での平等ということだが、そんな幸せに意味があるのだろうか、と思えてならない。サッチャーの説に与する。

今日の英語は、Are you more likely to spoon or to be spooned? 辞書によれば、spoonをneckの意味で使うことは今はまれだということになっているが、ウェブを見ていたらでていた。ついでに、Are you impartial or compassionate?

(注) http://blog.goo.ne.jp/savannah-walk/e/850c0a489c200a601213a037c450952d
タグ:食べ歩き
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